Time flies   和泉真弓


遅刻の常習、死角だらけのわたしが、ギリギリ明日の試験に畳みかける勉強をして早朝に机に伏せたままの姿勢で目覚める。

午前五時四十五分。

開き直りに似て違う、やけに澄みきった頭と、軽いと錯覚するからだ。
朝露を含む密な空気がひやりとからだを刺激し、皮膚内部のヒスタミンを掻きたてる。体表面がかあっとあつくなる。
非常時とみまがい、早朝にかかわらず心臓が浅く早く拍打っている。

そうだ、そうだ。
コンビニで、レッドブルと、あんぱんを買おう。

急き立てられるように、ケッタに跨る。地面を思い切り蹴りあげ、ペダルをぐいと踏む。横から朝日が射す冷えた坂道を、重力をうわまわる加速度をつけて一気呵成に駆け下りる。

午前五時五十五分。

眩しい光と影が交互におとずれる鍵盤。
そのうえを、ひといきに滑り降りる。高音の端の行き止まり、あの真白にひかるプラットホームまで、グリッサンドを切らせぬよう、なめらかにすべらかによどみなく端まで弾ききるのだ。
パラパラマンガのような光陰を抜ける。生まれたての清洌な粒子が陽子の速度でぶつかる。ミクロの靄が、湿ったイオンが、圧と濃度で肺とからだに満ち満ちる。
音速の禊だ。背からめきめきと音を立てて翼が生えてくる気がする。


これは、午前五時五十五分に起きている者しか知らない祝福。
ここだけの話、午前五時五十五分に起きている者は皆、選民であり、天使なのだ。
あそこを歩いているおばちゃんも、犬を連れているお爺さんも、ケッタに跨った新聞少年も、みんな皆。
早起きのひとはこのひそかな蜜を知っており、隠している。
わたしは知っている。彼らが早起きしてくるのは、午前五時五十五分にだけ降り注ぐ妙なる祝福と、日々新たになされる選民のためなのだ。


プラットホームの行き止まり、白い鍵盤の上限。
超高音のブレーキが、悲鳴のように響きわたる。
光度を上げた朝日に、隈なく照らされて真白にひかる場所、コンビニ。
そうだ、ここは、天国だ。
天国へ、ようこそ。



そうだ、そうだ。今日の試験は、きっと受かる。
午前五時五十五分に起きていたわたしはいまや、翼を授かった大天使だ。
わたしにはもう、死角はない。





和泉真弓
臨床心理業に携わっています。
「カクヨム」で小説を書いています。
https://kakuyomu.jp/users/izumimayumi

まれに早起きすると、万能感が湧きませんか。
555は、エンジェルナンバーと呼ばれているそうです。
ラストは、生死どちらでも。