遅すぎた表示   こばやしぺれこ


 午後四時の通学路には灼熱の日差しが降り注いでいる。
 容赦の無い日光は私の首筋をじりじりじりじりと焼き、きっぱりとした黒い影を道路に落とす。
 私はキミコと歩いている。
 蝉の声がうるさい。
「そういえば」
「なぁに」
 キミコと私は小学生の頃からこの道を歩いている。
「どっかの県で、同性同士の結婚? が許されたって」
「へぇ」
 キミコの頬に汗が伝っている。
「うえーって感じじゃない?」
「なんで?」
 キミコは立ち止まっている。お寺に曲がる十字路。本当はキミコの家はこっちから行った方が近い。でもキミコは、私の家の近くまで来てからキミコの家の方へ曲がって行っている。それは小学生の時からずっと変わっていない習慣だ。
「キミコ?」
「なんで?」
 私達の声が重なる。蝉の声がうるさい。
「だって、男同士とか女同士で結婚すんだよ? 変じゃない?」
「そうなの?」
「変だよ」
 気がつけば、キミコの目が、私をまっすぐ見ていた。
「じゃあ、私はあなたにとっては変なのね」
「え?」
 すう、と私の背中に汗が流れた。日差しはまだ強いのに、なぜだか寒い。
「私、こっちから帰るね」
「キミコ」
 ばいばい。そう言ったキミコは、もう私に背中を向けていた。
 お寺に向かう道。そこは塀の向こうから旺盛な生命力を誇示する木々が張り出して、昼でも薄暗い。キミコはその道を通るのを怖がっていたのに。立ち止まることなく、すいすいと進んでいく。背筋を伸ばして、戸惑いもせず。
 私は立ち止まっている。キミコの背を見送っている。
 足元に目を落とす。かすれた「止まれ」の文字が見える。
「遅いよ」
 つぶやきは焼けたコンクリートの上に落ちる。
 首筋が強い日差しにじりじりじりじり焼かれている。





こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。暑さに負け気味

一度口から出た言葉となんとかは戻せない、ってことわざがあった気がするんですが、なぜか思い出せません