樋口恭介


路面に書かれた3つの記号。無数の光線がそこに降り注ぐ。「止まれ」
秒速30万キロメートルで走る情報の束。直進と屈折。質量ゼロの粒子と波。
「私は」と神の子らは言った。「世にいる間、世の光である」
神の子らはそう言った。

昔は、光は神の化身だった。
私たちに認識可能な全ての現象は、かつて光の性質に起源を持った。
広く知られているとおり、人はみな、理性を伴い生まれてくる。
現象は、理性によって認識される。
そして、理性とは、神によって人の心に点火された、ひとつの光の名前である。
アリストテレスはそう言った。

光。かつて神だった現象。
いつかの日に、あなたは偶然それを目撃し、カメラを構えてボタンを押す。
路地に鳴り響くシャッター音。炸裂し飛散する時間。一瞬の旋律が、小さな事件を伴奏する。
燃え上がるフィルム。瞬きのあとで、ひとつの光が運動を停止する。「止まれ」

こうして神は死んだのだと言われている。
少なくともそう信じられている。

それから130年が経った。
だから、ここには神は存在しない。
けれど、私たちは今も、暗闇の中手探りで、写真に収められた、かつての神の似姿を眺めることができる。
あなたがここでそうするように。





樋口恭介
SF作家。『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞