便箋   樋口恭介


駅で大学時代の友人に再会し、わたしたちは互いをなつかしんだ。思い出話に花を咲かせながら立ち飲み屋で何杯かひっかけ、わたしは彼をそのまま家に招待した。わたしは妻と二人暮らしだが、今日妻は家にいない。彼女は朝まで帰ってこない。直接確認したわけではないが、わたしにはわかるのだ。
わたしたちは庭のテーブルに、コンビニで買ったビールとつまみを広げた。わたしは酔った勢いで、友人にある老人の話をした。友人もまた酔っており、常識はずれのわたしの話を冗談だと思っているのか、終始半笑いで、聞き流すように聞いていた。
「俺の話、聞いてる?」とわたしは言った。
「聞いてるよ。聞いてる聞いてる」と友人は言った。
「お前、俺の話を信じてないだろ」とわたしは言った。
「ははは、信じろって、さっきのお前の話をか?」と友人は言った。
「そうだよ」
「信じろったって、お前」友人はビールの缶に口をつけながら言った。「百歩ゆずって、自分のことを〈神の使い〉だって信じてる頭のおかしいじいさんがいるってことは信じるよ。でも、その先は、ねえ、まさか」
「でも、そのまさかなんだよ。この話が面白いのは、全部ほんとってことなんだよな」とわたしは言った。「本当なんだよ。本当に、毎週さ、決まって週末になると〈神の使い〉のじいさんが家に来て、〈神の言葉〉を置いていくんだ。〈神の言葉〉は小さな便箋に書いてある。そこには、向こう一週間で起きることと、そのとき俺がすべきことが全部書いてあるんだよ。本当に、全部の行にびっしりとね」
「へえ。神の言葉ね」と友人は言った。「それじゃあその便箋を読んでるお前は、未来がわかるってことなのかよ」友人はそう言い、大声を上げて笑った。
「そう。そうなんだよ。実はね、今日お前と会うことも俺にはわかってたんだよ。一週間も前から。〈神の言葉〉は予言なんだ。絶対に当たる。そこに書いてあることは絶対なんだよ」
「へえ」と友人。「でも、それが本当ならさ、もしかしてこれから起こることもわかるのか?」
「ああ、わかる」
「それなら当ててみてくれよ。これから何が起きるんだ?」
「このあとすぐに、またそのじいさんが来るよ。今週も終わりだからね。今週分の〈神の言葉〉はそこで終わってるんだ。もうすぐ、そこの門を開けてね、便箋を持ったじいさんが入ってくるよ。そして俺に来週分の〈神の言葉〉を俺に渡すんだ。ほら、ほら──」
そのとき、門を開けて老人が庭に入ってきた。老人はキャップを深く被っていて顔は見えない。老人は左手に便箋を握っていた。
「な、本当だろ」とわたしは言った。
「たしかに、本当だ」と友人は言った。老人はこちらを向いて突っ立っていた。老人の顔はやはり見えなかった。
「あそこに一週間分の未来が書いてあるんだよ」そう言ってわたしは便箋を覗き込んだ。「ほら、あそこにびっしりとさ──」
わたしは身を乗り出した。そしてわたしは見た。わたしは両目を広げて見た。その便箋には──いくつかの罫線がひかれているほかには──何も書かれていなかった。





樋口恭介
SF作家。『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞